ネンノサマ

草木の女神。稲作伝来と同時期に飛来し,土着したとされる。奇形の植物を指して「ネンノサマが触れたものだ」という説明付がなされることが多い。

「庭の木を大切にしていたら田植えを手伝ってくれた」という類の民話が多数採集されている。

人間のことはとくになんとも思っていない。

もちろんこれは架空のキャラクターだ。

僕の地方では幼児語でホトケのことを「のんの様」(あるいはのの様)と呼ぶことがある。由来はよくわかっていないらしい1。ただし地方特有の方言というよりかは,浄土真宗,あるいは他の浄土宗系仏教の優勢な地方ではそうらしいので「南無阿弥陀物」の「南無」に由来するというのが有力2だという。確かに「のんのんせんか」といったら子どもたちに「仏壇におまいりしよう」と呼びかける言葉なので,語法から考えるとこの説がもっとも合理的だ3。おそらくそれと起源を同じにする幼児語に「のの様」というのがある(この語に地域性はない)。こちらは前者と比べて語義が拡大しており,仏だけでなく日月など信仰の対象となった事物を意味するという。

ところでアイヌ語にNonnoという単語があり,これは「花」を意味する単語だ4。花といえば古来から祭礼に欠かすことのできない表象であり,その身をもって犠牲の象徴であり続けている。死者に献花される花は切り花でなければならず,入院患者に根付きの花を贈ってはならない。女に振られた男は必ず花束を屑籠に投げ込む。犠牲になるために可憐に咲く,美しい花。

同時に花は,人を喰う生き物でもある。英語に Push up the dasies という言い回しがあるが,これは「Dead / 死んだ」という意味である。土の下に埋まった死体が肥やしになってヒナギクを押し上げている光景が想像できるだろうか。花の両義性は残酷なほど対照的だ。

犠牲者としての花,捕食者としての花,歴史,そして神性を融合したキャラクターがいたら面白よね〜っていう……


  1. 「観音」に由来するという説もあり,それも参考にした。↩︎

  2. 断定はできないが、私としては(4)の曲亭馬琴の随筆『燕石雑志』の説がいちばん的を射ているのではないかという気がしている。「なむ なむ」と唱えているのを聞いた幼児が、それを「のの」「のんのん」と言ったのではないかと。 – 第502回 「ののさま」 - 日本語、どうでしょう?

    ↩︎
  3. ちなみに「南無」はサンスクリット語のनमो / námoで,「なむ」は音写された漢字表記の日本語読みである。実際に古くは原語に近い「なもあみだぶつ」と読まれていたらしく,浄土真宗は古い読み方が残存したのか,僕も「なもあみだんぶ」と読むのしか聞いたことがない。(参考: 「南無阿弥陀仏」の発音について)↩︎

  4. ノンノ 【nonno】 花. (出典:萱野、方言:沙流) – 国立アイヌ民族博物館アイヌ語アーカイブ

    ↩︎